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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2599号 判決

控訴人

トヨタオート長野株式会社

右代表者

内山忠二郎

右訴訟代理人

鈴木敏夫

被控訴人

更生会社サンハイブ工業株式会社管財人

高山盛雄

辻豊治

右訴訟代理人

高山盛雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金四九万四四〇〇円及びこれに対する昭和五四年一二月一日から支払済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実主張及び証拠関係〈省略〉

理由

控訴人は、自動車販売を業とするところ、サンハイブ工業に対して昭和五三年一月三〇日本件自動車を売渡し、買主サンハイブ工業は、右自動車の買受代金中頭金一〇万四九八〇円を現金で支払い、一一万八〇〇〇円につき下取車の価格を同額と合意したうえ右下取車をもつて代物弁済し、残金九九万〇六七五円については、同年三月六日サンハイブ工業が松本信金からローン契約で借入れた同額の金員をもつて同日これを支払い、もつて売買代金全額を完済したこと、右ローン契約においてはサンハイブ工業の松本信金に対する借入金債務を控訴人が連帯保証したことは、当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一号証(本件売買とローンに関する契約書)によれば、控訴人とサンハイブ工業との間で、サンハイブ工業が松本信金からの右借入金債権あるいは控訴人の右連帯保証に基づく求償債権を完済したときに、本件自動車の所有権がサンハイブ工業に移転する旨(約款五条)、また、買主サンハイブ工業につき更生手続開始の申立がされたときは、控訴人は直ちにサンハイブ工業の借入金全額を代位弁済することができ、その代位弁済前であつても、サンハイブ工業に対し代位弁済をすれば求償することのできる額の支払を請求することができる旨(同一〇条)合意されたことが認められるけれども、右の場合に右求償権は更生手続開始の申立時に当然発生する(求償債権の発生を更生手続開始の申立時まで遡らせる)趣旨の合意がされたことを認めるに足りる証拠はなく、右一〇条の文言のみをもつて右趣旨に解することもできない。そして、サンハイブ工業につき昭和五四年四月二七日更生手続開始決定がされたこと、控訴人は松本信金に対し昭和五四年一二月一日サンハイブ工業の松本信金に対する同年四月以降の割賦金合計四九万四四〇〇円及びこれに対する同年四月六日から同年一一月六日まで年一四パーセントの割合の約定損害金一万三四九〇円を前記連帯保証契約に基づく連帯保証人として支払つたことも当事者間に争いがない(前記求償権の事前行使の意思表示がされた事実はこれを認めることができない。)。

ところで、売買契約が双務契約といわれるのは、売買の目的物の所有権移転ないしその所有権移転登記(登録)及び目的物の引渡と代金の支払が相互に対価関係に立つためであり、代金が消費者ローン等の利用によつて支払われ、売主が買主に対して求償債権を有する場合に、売主がこの求償債権の履行を受けるまで右目的物の所有権が移転せず、その登録手続を拒むことができるものと約束されたとしても、この約束をもつて更生法一〇三条にいう双務契約と解すべきではない。思うに、契約自由の原則の下においては、売買契約の当事者は、売主の所有権の移転及び所有権移転登記(登録)手続をなすべき義務と買主の代金支払義務のほかに付加してされた義務とを対価関係に立たしめ、引換給付にすべきことを合意することは許されないとはいえないであろう。しかしながら、右のような内容の合意が更生法一〇三条にいう双務契約関係として扱わるべきかは別問題である。会社更生法は、窮境にある株式会社についてすべての利害関係人の利害を調整しつつ事業の維持更生を図ることを目的とするものであり(同法一条)、会社財産の上に担保権を有する者といえども、更生手続に参加しその手続において権利の行使を許されるにすぎないのである(同法一二三条以下)(なお破産法九五条参照)。

双務契約においては、相互の債権は牽連性を有し対価関係にあり、かつ担保視しあう関係にあるが、双務契約のこのような性質に鑑み、更生法一〇三条は、更生手続開始決定時において双務契約の双方の債務が履行を完了していないものについて、企業再建目的達成と更生手続の円滑化のために右会社更生法の目的の範囲において特別に設けられたものであることは後記(本判決の引用する原判決の説示)のとおりである。従つて、更生法一〇三条にいう双務契約における契約の双方の当事者の負担する対価的意義を有する債務とは、民法が規定する本来的意義の双方の債務を指し、前記のように、所有権移転ないし所有権移転登記(登録)手続の履行と求償債権の履行とを対価関係に立たしめ、引換給付にすべきことが合意されたとしても、このような合意をもつて同条にいう双務契約ということはできない。

控訴人が主張するように控訴人が更生会社に対して有する本件求償債権をも更生法一〇三条の双務契約関係に立つ債権の中に含ませ、控訴人の右求償債権を更生会社に対する債権中最優位に立つ共益債権(同法二〇八条七号)として扱うことは、更生会社に対する債権者間の衡平を著しく失することになり、このような解釈は結果的にも不当といわざるをえない。

したがつて、本件売買契約については、更生手続開始前に売買代金は全額支払われて履行が完了し、控訴人がサンハイブ工業に対し連帯保証債務を履行したことに基づく割賦金四九万四四〇〇円とこれに対する約定損害金一万三四九〇円の求償債権を有することは前記のとおりであるが、この債権と本件自動車の所有権移転登録手続をすべき義務とが更生法一〇三条の双務契約に基づく未履行の両債務であるということはできない(なお、右求償金債権は代位弁済をした昭和五四年一二月一日に発生し、更生手続開始当時に発生していたといえないから、この点でも同条一項の要件を充たさない。)。

さらに、控訴人は、本件求償金債権は、実質上本件売買の未払代金債権の変形したもので、本件売買契約当時に発生しているものとして、本件自動車の移転登録義務の履行と双務契約の関係にあり、これに同法一〇三条を類推適用すべきものであるかに主張するけれども、この主張が採用しえないことは、原判決一〇枚目表二行目から一三枚目表一〇行目まで(但し、一〇枚目裏四行目、一〇行目の「更生債権」をそれぞれ「更生会社に対する債権」、同七行目の「更生法上の更生債権者」を「更生会社に対する債権者」と改め、一二枚目裏三行目から同七行目までを「その実質においてサンハイブ工業の松本信金に対する消費貸借債務ないし控訴人に対する求償金債務の履行確保を図る担保的機能を有するに過ぎないから、後記のように更生担保権者としての保護が与えられれば足り、本件求償金債権を売買代金債権と同一視して、本件求償金債権と本件自動車の移転登録義務の履行とが本件売買契約時から双務契約関係にあるとして更生法一〇三条を適用すべきものとする控訴人の主張は採用できない。」に改め、一三枚目表九行目の「更生債権者」とあるを「更生会社に対する債権者」と改める。)に記載のとおりであるから、これを引用する。

以上に説示したところから明らかなように、控訴人の本件求償金債権につき更生法一〇三条を適用すべきであるとの主張は採用することができないから、これを前提とする控訴人の請求は失当として棄却すべきである。

よつて、右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(鈴木重信 倉田卓次 高山晨)

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